murmur


2020.12.08 written by Kikawa 息を吸って横隔膜を張る?

最近はインターネット上にたくさんの発声に関する情報が並ぶようになりました。
感覚でなんとなく歌うだけでなく、きちんと理にかなった方法で声を出せるようにするためには、こうした知識を元に身体の使い方を学ぶことは大変有意義なことだと思います。(そしてこの文章にアクセスしてきた皆さんもきっと勉強しようと思ってたどり着いたのでしょうね。素晴らしい!)
ただ、インターネットに書かれている情報が全て正しいかというと、それはまた別の話。整えられたレイアウト、見やすい解説図。あたかもこれが正しい!と書かれているけど、意外とこれ合ってる?というものは多いように見受けられます。

今日はよく見られる「息を吸って横隔膜を張る」というワードについて。
正しそうに感じられて、実はちょっと違っているかもしれないこの考え方。
これについてちょっと呟きたいと思います。


ちょっと考えたいのが「息を吸って」「横隔膜を張る」というこの順番。
なんかこの表現だと、まず最初に空気が身体の中に入ってきて、それによって横隔膜が押されているようなイメージを持ちませんか?
よく「お腹が内側から押し出されるように」とかも言いますね。
まるで息が吸われることによって横隔膜が動いているかのような表現ですが、これは誤り。
空気が先に動くわけではなく、身体が先に動く。それに合わせて空気が動くというのが正しい順番です。


空気が身体に入ってくるのは、「横隔膜が収縮して下がり、合わせて肋間筋の働きによって胸郭が広がり、それによって肺が広げられるから」です。
これら筋肉の働きによって肺の中の気圧が下がります。この気圧の変化が重要なポイント。
気圧差が生じると、空気は高いところから低いところへ向かって動きます。

自分の周りの空気圧 > 肺の中の気圧

この状態になることで、空気が肺の中に流れ込んでいきます。これがつまり吸気になるわけです。

息を吐く時はこれの反対。横隔膜が上がり、胸郭が萎んでいくことで肺が縮められ、自分の周りの空気の気圧よりも肺の中の気圧が高い状態を作ります。

自分の周りの空気圧 < 肺の中の気圧

筋肉を使ってこの状態を作り出すことで、空気が肺から外へ向かって流れていきます。その息の通り道の途中に声帯があって、声はそこで生まれるわけですね。

「息を支える」「横隔膜を張る」というのは、このような息をコントロールする時に生じる感覚を指す言葉です。
言い換えると「しっかりと息を吐く」もしくは「息を吐きすぎないように」ということになるでしょうか。要は今と違う息のコントロールを求めて、こういう表現をしているわけですが、これらのちょっと曖昧なワードはどちらの意味合いでも使われているような気がします。
ちなみに「横隔膜」は筋肉なので、働く時は「収縮」します。働く時は下方向へ縮む動きになるので、「張る」というのは結構な思い込みワードです。
たくさん息を吸うと身体の中がパンパンになる感じがするので、そこから「張る」という言葉は来ているのだと思いますが、この誤った使い方のイメージが余計な力みを生んでいる可能性もあります。
(※あるいは、肋間筋の動きによって胸郭が動くことで横隔膜も動くから、それを指してるのかな……だとしたら「張る」でもいいのかな、と推敲していて感じます。言葉で発声を説明するのはとても難しい)

息を吐く時には常に横隔膜を下げたままキープしなければならない、というのはよく言われます。
実際私も少し前まではその方法でブレスをコントロールしようとしていました。
ただ、我々の到達目標は「横隔膜をキープすること」ではなく「常に安定しコントロールされた息を吐くこと」です。
先ほども言った通り、呼吸は外気圧と肺の中の気圧の差によって生み出されるものですから、「肺の中の息の残量」に応じて、適切に肺に圧力を与えることで私たちは一定の息を吐き続けることができます。
吐き始めこそ肺の中に大量の息があるので、横隔膜は低いままでも良いかもしれません。ですが、肺の中の空気が減ってきても同じように横隔膜を使おうとしてしまったら、横隔膜は肺に圧力を与えることが出来ず、萎んだ肺に対して更に圧力をかけ続けるのが難しくなります。
場合によっては横隔膜によって気圧のコントロールが出来ない代わりに、どこか別の場所を使って身体は息をコントロールしようとするかもしれません。それが余計な力みを生む原因にもなります。余計な力みは身体の自由を奪い、声の音色や音程のコントロールに悪い影響を与えます。

大切なのは、これだけしていればオッケーと思い込んで横隔膜を使いすぎていないか?固めすぎていないか?と自分に問いかけることでしょうか。
常に身体は状況に応じて、刻一刻と使い方を変化させなければいけないのです。
ああ、「言うは易し」とはまさにこのこと……私も日々研究中です。